2013年11月30日土曜日

第14回 参議院議員 脇 雅史さん(後編)

■震災復興と国土強靭化の関係とは?

山岡 前回のお話で、国土強靭化への政府、与党の意識の高さはよくわかりました。一方で、大震災からの復興に目を向けると、先行きへの不安感が漂っているのも事実です。先日も、取材で福島県の自治体の首長さんたちに会ったのですが、国土強靭化と東京五輪のインフラ整備に人、モノ、金が流れて復興は後回しにされるのではないか、という強い不安感を皆さん、口にしておられました。

 復興も強靭化、五輪もすべてやらなくちゃいけません。日本はできるはずです。明治期も、敗戦後の昭和の時代も日本は貧しかった。貧しいなかで懸命にやりくりしてインフラを建設したのです。あれだけ貧しい時代にできたことが、いまできないはずがない。かつて、貧しかったにも関わらず、なぜできたのかというと、将来への確かな手ごたえがあったからです。将来、その方向に伸びるとわかっていたから、設備投資もできた。国土強靭化は、そのような方向性を示したものなのです。だからデフレマインドを振り払い、皆で歯を食いしばって努力しなくちゃいけない。その気構えも重要です。

山岡 ただ、現実の復興は、かなり遅れていますね。復興事業の入札は不調続きです。

 津波の被災地では営々と築いてきたまちが、不幸にして、一挙に崩れました。そこから立ち上がるのは並大抵のことではないでしょう。しかし、地域をどう復興させるかを決める主体は、その地域で生活を営む皆さんです。高台に移るか、それとも海に近い場所を活かすか、国家ではなく、地域の皆さんに主体的に考えていただきたい。
だから、復興庁を立ち上げるとき、私は現地事務所をまずつくるよう、当時の民主党政権にも働きかけました。担当大臣は東京にいないと仕事になりませんが、現地の2~3市町村ごとに復興事務所を置き、各省庁の代表を送り込む。県や市町村の担当、商工会議所、地域の諸団体や住民の方々がそこに集まって、アイデアを出し合ってプランをまとめる体制をつくるよう言いました。鍵になるのは事務所長です。役所のOBでもいいから、行政経験がある人が現地の作戦本部長になって仕切ればいい、と随分、意見を言いましたが、進みませんでした。

山岡 震災前、数十億円規模だった予算が、一気に数百億円に膨らんだ被災自治体もありますが、これがなかなか消化できていません。宝の持ち腐れのようになっています。

 予算をつけても地元が意思決定しなければ、国があそこに住みなさい、ここに住みなさいとは言えません。破壊されたまちをつくり直すのは容易ではないでしょう。道路ひとつ隔てて、壊れたところと、無事に家が立っているところもあります。合意形成は、難しい。しかし、くり返すようですが、現地に権限をしっかり委ねれば、いろいろ意見があっても議論をすればどこかに落ち着きますよ。必要は発明の母です。現地の方々が判断できるような方向に持っていくことが復興庁の役割です。政権交代して、以前より、少しはよくなったと思いますが、まだ、困難が続いています。

山岡 そうしたなかで、宮城県の女川町のように津波で市街地の7割が流出しながら、山林を切りひらいた高台にまちを移転する「1000年に一度のまちづくり」も始まっています。7600人に減った人口を震災前の1万人に戻そうと、女川町が住民の土地を買い上げ、UR都市再生機構と包括的なパートナーシップを締結し、住宅と公共施設は高台移転。沿岸部は漁業と観光交流エリアにする壮大な計画のようですが、この女川モデルは国土強靭化ともリンクすると考えていいのでしょうか。

 そうです。強靭化を先行してやっているということですね。

山岡 女川町、あるいは宮城県東松島市の野蒜地区、岩手県陸前高田市などのプロジェクトでは、国土交通省の指導の下でUR都市機構がコンストラクション・マネジメント(CM)アットリスク型という設計から施工までをの発注する新たな建設工事契約が導入されています。この契約方式の意味とは?

 要するに、元々の発注者である市町村には、大規模な復興事業で契約上の実行管理をするノウハウは蓄積されていませんね。それでマネジメントも含めてURに委託し、着実に、やっていこうということです。いま、工事の予定価をつくって復興事業を遂行しようとしていますが、その工事がいくらなら妥当か判断できる技術者がいない市町村もたくさんある。インフラの冬の時代が続いた影響ですね。それで、実態に合った契約方式で、できないところはできる機関に委ねる。適正な競争のなかで整合性のとれた契約方式を選ぼうというわけです。とくに珍しいことではないです。


■公共調達における契約の根本的誤り

山岡 では、このあたりで脇さんご自身の歩みについてお聞きしたいのですが、どういう経緯で、建設官僚から政治家へ転身されたのでしょうか。

 建設省では河川局や道路局で公共事業に携わっておりました。伝統的に建設省は国会議員を輩出してきました。公共事業をしっかり行ない、建設産業を育てるには立法府にも人がいたほうがいいという組織的な判断ですね。そのことも建設省の大切な役割だと思っていました。あるとき、先輩議員がお辞めになる際、人事担当者が誰かやりたい人はいませんか、と省内に呼びかけたんです。カチンときましてね。ふざけたことを言うな、と。大事な役目なのだから、きちんと考え、誰か選ぶべきだろうと言ったんです。そしたら、しばらくして、では、あなたに決めました(笑)、と指名された。

山岡 投げかけた言葉がブーメランのように返ってきたわけだ(笑)。官界から政界に転じて、ご自身のなかで何がどう変わりましたか。

 河川や道路の公共事業に携わっていたときは、税金で、いかにいいものをつくるかに神経を集中していました。税金で仕事をしているのだから、国民への責任があります。立派なインフラをつくることが使命です。現場にずっと関わっていたので、業界とも付き合いは多少ありましたが、業界を健全にしようとか、契約方法を何とかしようとはあまり考えなかった。しかし、舞台が変わって、建設業界の代表として国会に入りました。公共事業が目の敵にされて、建設業界は死にかけていた。当然、どうすれば業界が健全になるのか考えます。そこで契約問題に行きあたり、根本的な誤りに気づいたのです。

山岡 何ですか。根本的な誤りとは。

 行政が「買い手」で、建設業は「売り手」だという根本的関係を取り違えているのです。私たちは、つい仕事を発注する行政が売り手で、建設業は買い手だと思いがちですが、実は、建設業はインフラをつくって国や自治体に売るからお金をもらえる。れっきとした売り手です。だけど、本来、生産者が有する値付けや商品の質や量をコントロールする術はない。すべて買い手の行政の指示に従わねばならない。売り手だけど弱い立場なので市場メカニズムなど働きません。ところが経済学者は公共事業にも市場原理を持ち込んで、市場メカニズムに従え、という。その結果、入札金額も、ただ単に安ければいいとなる。ダンピング合戦になって、業界が衰退しても平気。経済学者は独占禁止法まで持ち出して、正しい競争をしろと建設業を追い込む。そもそも独禁法は、生産者より弱い立場で、情報量も極めて少ない買い手の消費者を守るための法律です。行政は買い手とはいえ、圧倒的に強い、断然強い。業法に則って、売り手の建設業者を潰すことさえできる。公共事業で、何を、いつまでに、いくらでつくるかも決められる。それほど強い買い手を独禁法で保護するのは間違いです。業者間の正しい競争は必要ですが、公共調達をふつうの市場に置き変えようとする発想自体、間違いです。公共調達は、国や県、自治体が決めているのです。

山岡 なるほど、公共調達では売り手のほうが弱いんですね。なのに、一般に土木建設業界は強いと見られています。それは建築の分野で、家を建てたり、買ったりする場合、買い手である消費者のほうが弱く、当然、独禁法などで守られており、そのイメージが強いからではないでしょうか。

 そうそう。それはありますけど、震災後の国のお金の使われ方はどうもおかしい。たとえば、民主党政権は、サプライチェーンを守らなければならないと言い出して、部品メーカーとか、多くの企業に材料を提供している企業に3000億円、4000億円というお金をバラマキました。融資ではなく、返さなくていい補助金です。税金を私的企業にくれてやるのです。その根拠法は何かと訊くと、ない、と言う。そもそも税金は法定主義で、個人のお金を徴収するには法律に拠らねばなりません。だったら、自治体や公共団体に補助をするのならともかく、私的企業にお金を出すにも法律がいるはずだけど、ないのです。
 一方で、土木事業の入札で行政が設定した予定価格の9割以上で取ったら、不正があるのではないか、と拒絶される。安くしろ、安くしろです。建設業が疲弊したら災害復旧もできません。被災地で、真っ先に動きだすのは地場の建設業です。

山岡 確かに。東日本大震災後、地元の建設業がいかに懸命に「啓開」に取り組んだか、私も取材を通して知りました。

 大混乱のなかで動きだすのだから、行政と契約なんて交わしている暇はない。自分の家が地震で潰れても、真っ先に動かなくちゃ、人命を救えない。ところが、やっと状況が落ち着いて、かかった費用の精算をしようとすると「1社でやったのはおかしい。談合だ」とクレームをつけられる。これはまったくおかしい狂っています。議員になって15年、公共事業契約の適正化を主張し続けて、やっと最近、安ければいいではなく、まともな価格で受・発注する方向へ少しずつ変わってきました。

山岡 復興現場では、技術者不足、資材不足で労務単価、資材の高騰でコストがどんどんあがり、落札率も落ち込んでいるようですが……。

 それはいいんです。全部が筋道だってうまくいかなくても、デフレマインドを消すためには、それも必要。長いスパンで考えねばなりません。

■地方の定住性確保~「万象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ 人類ノ為メ国ノ為メ」

山岡 高知県の南海地震に対する多重的な防御、福井県のLNG(液化天然ガス)関連のインフラ整備、そして北陸新幹線。これらのプランも強靭化に位置づけられますか。

 そうです。地域それぞれの状況を入れこんでいます。そういう必要に応じて、先導的に強靭化が進んでいくでしょう。

山岡 米国のシェール革命の影響でロシアが慌てて、日本に天然ガスを売り込んできた。福井のLNG基地の建設は、エネルギー安全保障上も重要な意味を持ちます。最近、地方の衰退は仕方ない、大都市圏だけ活性化すればいいと極論を唱える人が増えていますが、地方が衰えたら、大都市圏も死んでしまいますね。

 現在の名産品のほとんどが幕藩体制下の江戸時代に生まれています。要するに各藩レベルの定住性がないと地域は栄えません。江戸が栄えたのも、そういう地方の繁栄が下支えしていました。定住性が確保されていないと、伝統文化も育ちません。その地域が嫌なら出ていけばいいという人たちの間では保守思想もひんまがってしまう。いまの自民党の保守思想も正しいものとは言い難い。保守と革新を取り違えています。

山岡 財政破綻したデトロイトからは市民がどんどん脱け出し、180万人くらいだった人口が70万人まで減っています。行政サービスは最悪。米国は土地が広くて、地価も安いから、嫌なら出て行けばいいけれど、平地が狭く、人口密度の高い日本では無理です。

 だから定住性の確保が重要なのです。私は、勝手に「7対3の法則」と言っていますが、その地域に生まれた人の7割くらいは定住して、3割は転勤族でもいいと思う。そのためには地方の産業とインフラは一体的に整備していかねばなりません。建設省に入って、最初に赴任したのが北陸地方建設局旧信濃川工事事務所でした。大河津分水路に立ってみると、天地雄大で青山士の「万象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ 人類ノ為メ国ノ為メ」という記念碑の文言がずっしりと胸に響きました。明治の先達は、乾坤一擲の気概で事に当たり、大工事を成し遂げ、新潟の穀倉地帯が守られたのだと感じました。安ければいいという情けない発想は微塵もない。

山岡 インフラの価値を、私たちはつい忘れがちになります。

 9月中旬の台風18号の襲来で、京都の嵐山の近くを流れる桂川が氾濫して、渡月橋付近の旅館やホテル、みやげ物店、30件以上が浸水被害を受けましたね。京都市は、市民約27万人に避難指示を出しました。渡月橋は濁流を受けていましたが、あの災害で、もし桂川上流にダムがなかったら、橋は完全に破壊されていますよ。浸水被害はどこまで拡大したかわからない。国交省には、そういうデータも出して、ダムはいらないと言っている人たちに本気で考えてもらえ、と言っているんです。

山岡 戦後から高度成長期にかけて、とにかく、早くつくれ、とインフラが構築されたわけですが、その過程では政治を巻き込んだ歪みも生じています。最初の赴任地が新潟だったとのことですが、いまだに毀誉褒貶の激しい田中角栄・元首相をどうとらえていますか。「日本列島改造論」と国土強靭化の違いは何でしょうか。

 入省したばかりでぺーぺーだった私は、飛ぶ鳥を落とす勢いの田中さんにお目にかかる機会はありませんでしたが、大きな役割を果たした政治家だと思います。列島改造論は、当時のことですから、新幹線、高速道路、橋など交通体系をよくすることが主眼だったように感じられます。総論としては、地方の産業とインフラ整備をリンクさせていますが、手法論の側面が強かったように思います。

山岡 総論としては大都市圏への集中を緩和し、地方に産業を分散し、国土の均衡ある発展を唱えていますね。

 ええ、国土強靭化と、根っこではつながっていますよ。しかし、過密、過疎がここまで進んでしまうと、本気で県レベル、自治体レベルで、じぶんたちの地域をどうするか考え直さなければ、取り返しのつかないことになる。国土強靭化は、そんな国家の構造そのものをしっかり見直そうと言っているのです。開発というより、国としてのありよう、地方としてのありよう、それを住民レベルでつくり直そうと提唱しています。どこかの業界、政党のためではありません。本気で国家の構造を考えず、地方分権と言いながら、わけのわからない「道州制」へと誘導したりするのは間違いでしょう。

山岡 道州制論議も、つきつめると行政の効率化ということですか。

 安ければいいという考え方の延長にある改革論です。だから疑問点だらけなのです。国会発の道州制論があってもいいけど、本当にそれでいいのか。国家が何を担い、地方政府は何を担当するのか。そのときに本当に道州制がいいのか。もう一回、国のあり方を原点から考え直す必要があります。そのために参議院では「国の統治機構に関する調査会」(会長・武見敬三氏)を立ち上げて、これから本格的に議論をしていきます。

山岡 この国のかたちが、いま真剣に問われていますね。

 国土強靭化は、そういう議論の入口でもあります。


2013年11月15日金曜日

第13回 参議院議員 脇 雅史さん(前編)

対談日:2013年9月27日  於:参議院会館

脇 雅史(わき まさし)さんプロフィール

1945年東京生まれ 1967年東京大学工学部土木工学科卒 参議院議員 土木学会フェロー会員

1967年建設省入省(北陸地方建設局旧信濃川工事事務所)、1974年中国地方建設局太田川工事事務所、1981年河川局開発課長補佐、1983年中部地方建設局三重工事事務所長、1985年河川局海岸課海洋開発官、1990年河川局治水課都市河川室長、1992年関東地方建設局河川部長、1993年道路局国道第二課長、1994年河川局河川計画課長、1995年近畿地方建設局長、1997年建設省退官
1998年参議院議員初当選(比例区自由民主党)、2004年参議院議員再選、2010年参議院議員3期目当選。

 この間、参議院国土交通委員会理事、外交防衛委員会理事、東日本大震災復興特別委員会理事、政治倫理審査会会長、参議院自由民主党国会対策委員長、参議院自由民主党幹事長、国土強靭化総合調査会顧問などを歴任


■公共事業悪玉論を払拭する国土強靭化

山岡 今回は「国土強靭化」に焦点を絞り、政界で最もパワフルに、この政策をけん引してこられた参議院議員・脇 雅史さんに話をうかがいます。現在、国会で「防災・減災等に資する国土強靭化基本法案」の審議が行われています。可決、成立は間違いないと思われますが、そもそも「自民党国土強靭化総合調査会」ができたのは2011年10月21日。東日本大震災の発生から7カ月後でした。会長は元運輸大臣の二階俊博さん、脇さんは副会長に就任し、法制化の陣頭指揮をとってこられました。調査会発足から、こんにちまでをふり返りつつ、国土強靭化とは一体何なのか語り起こしていただけますか。

 国土強靭化を最初に言い出したのは、京都大学の藤井聡教授ですね。『列島強靱化論――日本復活5カ年計画』(文春新書)を著しておられます。東日本大震災が発生し、日本は自然災害リスクに弱いことが明らかになった。こんな災害は二度と起こしてはならない。ハードだけでなく、ソフトも含めて、災害に強い、しなやかな国づくりをしようと谷垣総裁の下、自民党内に総裁直属の調査会を立ち上げました。ちょうど欧州や米国も同じような考え方で動いていました。リスクに強い国家構造にするには「コンクリートから人へ」は間違いです。コンクリートを使わねばならない大切なところもあります。いろいろ私たちも勉強するなかで法律がいるだろうとなって、当時、野党時代でしたが、「(旧)国土強靭化基本法案」をつくりました。

山岡 自民党は2012年6月に旧国土強靭化基本法案をまとめました。法案が発表されると、メディアは総投資額200兆円という数字をクローズアップしましたね。

 200兆円という数字は、ほとんど意味がありません。メディアは、そういうところばかりを強調するけれど、あまり意味はない。元々あった公共事業投資に震災の復興事業費を30兆、20兆と積み重ねていけば、10年で200兆くらいになるという話で、大した意味はないのです。それよりも重要だったのは、公共事業悪玉論、悪しき解釈で公共事業が沈んでいく現実を逆転させることでした。インフラをきちんと維持する価値観を復活させたかった。公共事業は悪で、予算も減らせばいいという極論が何をもたらすか。中央高速のトンネル事故は、その象徴でした。予め災害対応で、インフラの維持管理にお金を使っておけば、結果的に人の命も助かるし、施設も長持ちする。そのための強靭化です。

山岡 確かに、ここ十数年、公共事業の計画自体が害悪視されてきました。

 そもそもインフラは道路であれ、ダム、港湾、空港であれ、計画的につくらねばなりません。毎年、単年度でできるわけがない。10年、20年の期間を鑑み、計画的に建設しなくては整備できません。ただし、インフラ計画は単独のそれだけでは成り立ちません。上部概念としての国民生活、経済、社会活動をこうしたいから、下部としてのインフラが必要という関係になっていなければいけない。わが国は、戦後の焼け野原で、まず産業復興に着手しました。太平洋臨海部を中心に工業を発展させましたが、インフラ整備が遅れ、歪みが生じました。過密と過疎が起こる。そんな状況で、道路がない、製品をどう運ぶのか、と慌ててインフラをつくりだす。とにかく早く、実行することが正義で、なぜインフラが必要なのか訊くだけ野暮。30年もそういうことをやっていれば、当然、インフラも需要に追いついてくる。そうすると、地元との合意が難しくなり、何でダムや道路、橋がいるのか、と素朴な疑問が出てくる。その問いかけへの行政の答え方が不親切でした。その点は反省しなくてはなりません。上部と下部、経済計画と国土総合開発計画を大きなところでは繋いでいたが、各地域に落とし込んだ細かいリンクを張っていませんでした。そこに折悪しく、財政が悪化し、大蔵省(現財務省)が公共工事不要論を仕掛けたふしもあります。かつて自民党政権下で、インフラの整備計画自体が悪だ、と決めつけられて計画を放棄した。挙句の果てに「コンクリートから人へ」で息の根を止められる。半端な経済学者は計画論イコール統制経済とみなして、すべて市場でやればいい、と言ったのです。

山岡 新自由主義的な市場原理主義の台頭ですね。市場メカニズムを絶対視しています。

 そういうインフラ整備への不幸な経緯を、国土強靭化は払拭するのです。

山岡 しかし、旧強靭化基本法案は野田政権下で廃案になりましたね。

 民主党内にも少数でしたが、われわれの考えに賛同する動きもありました。藤井さんも民主党内の勉強会に招かれています。党派を超えた共感もあった。が、現実的に野党の立場では、政策を遂行できませんし、予算も使えない。政府との打合せもできない。まず私たちの考えを世間にアピールしなくちゃいけません。若干、荒唐無稽でも理念を明示する法律をぶちあげる必要がありました。そこで旧強靭化法案をまとめたのですが、世に訴える法案ですから、パフォーマンスの側面がなくもない(笑)。野党時代と、与党時代の法案が違うのはおかしいと言う人もいるが、法案の持っている意味合いが違いました。


■国土強靭化の目玉は都道府県、市町村による「国土強靭化地域計画」

山岡 昨年末、自民党が政権を取り戻し、第二次安倍政権が誕生しました。首相の安倍さんは内閣官房に「国土強靭化推進室」を設け、側近の古屋圭司さんを担当大臣のポストに就けました。自民党の国土靭化総合調査会のメンバーが担当大臣になるのかな、と見ていたら、やや意外でした。党と政府の間にすきま風みたいなものは……(笑)

 ないです。閣僚人事は総理の専権事項ですからね。

山岡 官邸の国土強靭化推進室は、諮問機関の「ナショナル・レジリエンス懇談会」を設け、藤井さんを座長に強靭化の具体案を練りました。一方、自民党は連立相手の公明党と「国土強靭化基本法案プロジェクトチーム(PT)」立ち上げ、脇さんが座長に就かれた。

 それは、自民党が政権与党に返り咲いて、強靭化を進めることを前提に法制化を図ろうとなりまして、PTの座長になるよう私に要請があり、お受けしたんです。

山岡 野党時代とは違う、与党としての法制化のポイントは何ですか?

 インフラ整備の不幸な経緯の払拭とともに「デフレからの脱却」も重要なポイントです。国土強靭化は、アベノミクスの「3本の矢(金融緩和・財政出動・成長戦略)」の2本目に位置づけられるわけで、デフレギャップを埋める有効策です。デフレギャップは10兆円ぐらいあるけど、不必要なものに公費は使えない。一方で、地震対策やインフラの維持管理にお金が要るのは自明ですから、まずは、そこに投資をしましょう、というわけです。デフレ脱却の財政出動に論理的解答を与えることも国土強靭化の使命だと、私は思っています。それとデフレから脱却するには、消極的な縮み志向の「デフレマインド」も振り払わねばなりません。公共事業の予算を減らせばいいという考え方の背景にも、心理的なデフレマインドがあります。

山岡 デフレが続くと、企業は内部留保をため込みながら、積極的な投資をしなくなる。個人も消費にお金を回さず、預貯金でため込む。経済的に余裕のある高齢者は、物価低迷の恩恵に浴して幸福感を味わえるかもしれないが、若い世代は給料が上がらず、非正規雇用も増えて将来への希望が持てない。悪循環が続きますね。

 だから、そこを断ち切るのです。新たな国土強靭化基本法案では、強靭化の基本計画をしっかり立てることを主眼に置いています。基本計画によって、政府全体に必要な分野に取り組んでもらわなくちゃいけない。すでに各省庁にはそれぞれ計画があります。

山岡 強靭化の議論から浮上したのは、①行政機能/警察・消防等、②住宅・都市施設、③保健医療・福祉、④エネルギー、⑤金融、⑥情報通信、⑦産業構造、⑧交通・物流、⑨農林水産、⑩国土保全、⑪環境、⑫土地利用などの分野ですね。

 そうそう。政府が国家として、日本のぜい弱性を、いろんな分野ごとに評価し、洗い出す。そのなかで、優先順位をつけ、国土強靭化の理念に沿った基本計画をつくる。その基本計画のもとに各計画をすべて見直し、実際の事業に取り組んでいく。ですから、国土強靭化基本法は、全体を覆う傘、いわゆるアンブレラ方式で各プランを包括するのです。難しいのは、今までの行政の事業をどう整理するか。それぞれの行政が、この予算科目は強靭化に入れる、入れないとすべてを強靭化で吸い上げようとしたら、わけのわからない計画になりますね。だから、現在、すでにある計画を強靭化の概念に沿って、リスクを管理し、より安全で安心なものにするには何をすべきか、自発的に考えてやりなさい、という意味で基本法なんですよ。

山岡 と、言うことは、国土強靭化という国家プロジェクトがあって、そのために特別の財布をこしらえて公的資金を入れ、公共事業を執行する、というのではないのですね。各省庁が既存の計画を、国土強靭化の理念と優先順位に沿って見直し、実行する、と。

 その時々の財政事情が違うわけですから、強靭化でこれだけ必要だから、この金を使えといっても、できないものはできない。デフレ脱却と同時に財政再建も重要だし、状況は変わります。だから200兆円云々なんて意味がない、と申し上げています。来年度の予算要求では、各分野で強靭化の脆弱性調査を行い、とくに急がれるものを拾い上げて、5000億円程度になっています。すでにできるところから始めています。

山岡 そこで、重要になってくるのが都道府県、市町村の役割ですね。

 そうです。国土強靭化の最大の目玉は、都道府県や市町村が基本計画を受けて「国土強靭化地域計画」をつくることです。地方自身が強靭化の視点で20年後、30年後、どんな地域にしたいか、どんな産業を栄えさせ、どんな暮らしを営みたいかを考え、アイデアを提案する。そこに各省庁の補助金などが組みこまれていくわけです。

山岡 地方自治体が自らビジョンを描くのですね。それは理想でしょうが、困難でもある。

 正直言って、計画づくりに慣れていない地方は戸惑うかもしれません。しかし、地方も自立が求められています。いいアイデアを出した地方にはお金がつく一方、悪いアイデアしかないところは衰えていく。それが実情でしょう。いまでも、山の中の過疎地に、電柱が一本もない街ができて、産業の活性化が進んでいるところもあります。いいアイデアを出すには住民の意見を採り入れ、地方政府も頑張らなきゃいけません。そのためには、これまでの消極的なデフレマインドと決別して、前に進むしかないのです。

■国土強靭化か、ナショナル・レジリエンスか――法案名称をめぐる綱引き

山岡 話題を、法案策定のプロセスに移したいのですが、今年5月20日、二階さんが提案者代表になって、自民党、公明党の共同提案で「防災、減災等に資する国土強靭化基本法案」が国会に提出されました。与党のPTと官邸の強靭化推進室との役割分担はどうなっていたのでしょうか。

 さまざまな面で調整しながら進めましたよ。われわれ立法府の役割は、法案を審議し、成立させることですが、実際に仕事をするのは役人、行政ですね。法案をつくる際には理念の整理、実際の行政上、こんな法案でいいのかどうか、推進室はもとより、各省庁と調整しながら、進めました。総理大臣以下、役割分担は法案に書いていますから、国会を通れば、すぐに実行可能になります。

山岡 法案は議員立法で提出されましたね。なぜ内閣提出法案にしなかったのですか。

 本質論として、閣法がいいと私は思います。閣法は、内閣法制局がこれまでのすべての法律と法案を突き合わせ、体系的に整理し、齟齬がないよう膨大な審査作業をしてまとめます。非常に完成度が高い。一方、議員立法は、衆・参法制局が審査しますが、どうしても力関係からして、ツメの甘い部分がでてきます。議員の熱意にほだされて、まぁ害がなければいいか、とまとめられるケースもあります。私は、閣法でやるべきだと奨めたのですが、時間的制約がありました。アベノミクスが現実に始まり、第二の矢の理論的支柱である国土強靭化を遅らせるわけにいかない。速度を重視し、議員立法にしたんです。ただし、内閣法制局は通らなくても、各省の目は全部、通させました。

山岡 法案の名称に「ナショナル・レジリエンス」と入れるかどうかで厳しく対立した局面もあったとか……。

 それは二階会長の強靭化への思い入れの強さですね。党の調査会の設置以来、一年半、数十回にわたって議論してきたわけですよ。なじみのなかった強靭化という言葉も、やっと法律用語になり、一人前になりかけたときに公明党が強靭化では嫌だ、と言いだして、何を言うか、とやりとりがあって、若干の調整が必要でした。

山岡 公明党は選挙公約に「防災・減災ニューディール」と称し、公共事業推進の看板を掲げていました。災害対策面を強調するとともに、公共事業へのバラマキ批判を交わすためだったとも伝わっています。支持母体の創価学会の防災、減災へのこだわりも強い。それで内閣府の参与が自公の間を取り持つつもりでナショナル・レジリエンスという言葉を持ってきた。実際に官邸の有識者会議には、その名前がつきました。しかし、二階さんは、冗談じゃないと、突っぱねたのですね。

 ええ。二階会長は、強靭化の名で会議をしてきたのに急に変えるのはおかしい。そんなに愛着のないことでどうするんだ、とお考えでした。地方のお年寄りにレジリエンスなんて言っても通じない。なんで今さらという自負心ですね。私は、個人的には名前にこだわりはなく、理念がしっかりしていれば強靭化でなくてもいいかな、と思いましたが、二階会長の強い思いを尊重したんです。最終的には総理に決断しもらおうかと思いましたが、そこまで煩わせてはいけないので、「防災、減災等に資する」とつけて法案名にしました。

山岡 法案が成立すると、基本計画をまとめる「国土強靭化推進本部」が重要な鍵を握ります。総理を本部長に官房長官、担当大臣、国交大臣が副部長として入る。本部の組織体制はどうなりますか。

 そこは行政の仕事だから、私が口を出す筋合いではありませんが、総理は、強靭化の重要性を認識しているから、各省庁から代表者を集め、ふさわしい組織にするでしょう。

山岡 ナショナル・レジリエンス懇談会の藤井座長は「大至急対応が必要な『重点プログラム』における施策例」として、住宅・建築物の耐震化、大規模津波対策総合事業、都市部における集中豪雨対策、巨大地震リスクを想定した食料供給体制の強靭化などを示しています。これらは強靭化の具体的メニューととらえていいのでしょうか。

 はい、そうですね。ただ、くり返しますが、財政事情で変わります。強靭化基本計画は、財政事情で決まる毎年度の予算、あるいは5年、10年先の予算に対する「元帳」みたいなもの。財政事情やデフレ脱却というさまざまな政策のなかで、毎年度、元帳に照らして、強靭化への予算も変わる。元の計画ですから、200兆どころか1000兆あっても困りはしませんよ。

(後編に続く)